世の中には
何だか色々な面白い事があって
そういう面白い事を
鑑賞するだけの知恵や知識ってのは
実は結構必要な物なんですね。

今日とあるPodcastの番組で
食べ物の好き嫌いってのは
いいとかいけないとかそういう事ではなくて
あるもの、つまり”存在するもの”何だっていう記事を聴きました。

例えば
同じ苦い物を口にしても
それをものすごく苦いとおもう人と
まあ、苦みもあるけどこれはうまみだって思う人もいるらしいってことです。
具体的にはピーマンとか
僕は実は
小さいころからあまり
ピーマンって
苦いとか思った事なかったので
中華の青椒肉絲とか
むしろ好物だったし
よくなんだろ
ピーマンでも何でも残さずに食べれるんだねーなんちて
ほめられたりしたくらいです。
でも。。。
僕の場合それはよく考えると
苦みに鈍感だっただけじゃないかなって。。。
微妙な苦みをあまり理解してなかったのかも知れないなあと
まあ、ようするに
何食ってもうまいってことですよね。
普段の生活では
これはラッキーだったと思うんだけど
逆に自分が提供する立場であったとしたら
これはかなりまずいですよね。

よくよく考えると
特別好物ってのもないし
特別嫌いだった物も思い浮かばないです。
親が何でもまんべんなく作って食べさせてくれたのもあるんだろうけど
いや、自分がどうのっていうより
味について好き嫌いを言う子は
実は味に敏感な感覚をもっているというだけで
それは否定される事じゃないなあって
今日初めて思ったんですね。

もちろんその
嫌い!って言うのを肯定して
避けさせたり、与えないようにしたりっていうのは
やっぱり食事だけじゃなくて
人間関係なんかでも
嫌いな人は単純に避ける様な人になってしまうかもしれないし
嫌な事はしないみたいな
あんまり積極的でない考え方に落ち着いてしまう気もして
あまりいい事だとは思わないんだけど
少なくとも
味覚っていうのは文字通り
感覚なので
人それぞれ違っていい物だという事に
なんてかホントさっき気付いたんですね。

好き嫌いを言わないとか
好き嫌いをなくそうとか
あれは結構
おかしな事を言ってるんだなって思います。
好き嫌いはあるんですね。
でもつきあっていかなきゃいけないんです。
だから
苦い物もがんばって食べてみよう
なれて、そういう物も味の一つとして鑑賞できるようになるよ。。。
みたいな風じゃないと
実際はおかしいですね。

じゃないと
すんごい複雑な高級料理とか
高価なワインやお酒とか
細やかな味の違いに気付けない人になっちゃう。
好き嫌いはあるんだな。。
でも鑑賞していく。
音楽もそうじゃないといけないですね。

何でもしっかり聴いて
鑑賞できるように耳を鍛えていかなきゃ。
これ駄目だー俺とか
あるんだけど
あるんだけど。。
がんばってでも耳を傾けていけば
いつか慣れて良さがわかる時が来るかもですもんね。

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